追記

 何故、サイトの名前をデトロイト・テクノの楽曲から引用しているかについて。

 「はじめに」で、デトロイト・テクノという音楽ジャンルの特徴として、アナログシンセサイザーによる叙情的なメロディー。と前述しているが。
 単に叙情的なのではなく、この音楽が生まれた背景。アメリカ合衆国ミシガン州ウェイン郡デトロイト市という場所。アメリカ国内のガイドブックにすら「よほどの理由でもない限り訪れるべきでない」と記述される。毎年度、アメリカ国内における貧困率や犯罪発生率の高い都市第一位の不名誉な称号を競い続ける、アメリカ最悪の地。アメリカの悪夢。

 もともと住んでいた比較的裕福な住民は、早々にデトロイトを見限り近隣の都市に移住した結果。貧困層だけが残り、それらが犯罪に手を染め、悪循環に拍車をかける結果になっている。夢や希望の消え去った土地において。
 それでも、その場所で音楽を。しかもデトロイトという環境からはおおよそ似つかわしくない、夢や希望に満ち叙情溢れる幻想的な音楽を作っている事にこそ、デトロイト・テクノが世界を魅了した大きな理由がある。それは多くの人の心を震わせ、いまだ愛聴者も少なくない。勿論自分もだ。
 困難に満ちた絶望的ともいえる状況だからこそ、夢や希望を音に託す。そんな音楽に最大の敬愛と尊敬を込め。少しでもその精神に肖れるようにと、サイトの名前に引用することを考えたのは、自分の中では至極自然なことだった。

ヤマト2199のサントラを聴いて、会社によるマスタリングの違いを知る

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 日本コロムビアから発売された『MV SERIES(ミュージックビデオ シリーズ)宇宙戦艦ヤマト2199』を購入。
 簡単に説明すると、地上波では先日ついに大団円を迎えたアニメーション作品『宇宙戦艦ヤマト2199』。1974年にテレビ放送された『宇宙戦艦ヤマト』のリメイク作品『宇宙戦艦ヤマト2199』の劇伴音楽と劇中映像とを、ミュージック・クリップ風に編集した映像作品で。
 同作の劇伴音楽集は、既にCDで購入し所有しているものの。何故、改めてこのようなものを購入したかというと。

 先だってランティスから発売された劇伴音楽集『宇宙戦艦ヤマト2199 オリジナルサウンドトラック Part.1』を購入し、聴いて。いささかの落胆と違和感を覚えた身としては。
 『MV SERIES(ミュージックビデオ シリーズ)宇宙戦艦ヤマト2199』(以下『MV SERIES』と省略)とのタイトルを冠した企画が発表されたのを知り。そして、その発売元が日本コロムビアである事を知り。ひょっとして、違和感を基に自分が抱いた憶測が証明され、またCDに感じた落胆も解消されるのでは、との思いから同作を購入し。
 そして、憶測は正しかった。

 端的に述べると。ランティスから発売されたものと、日本コロムビアから発売されたものとでは、マスタリング。音楽が製品として完成する手前。CDやDVD、アナログレコード等に記録される前の、最終的な音の調整作業。マスタリングが明確に異なり。
 ランティス版のマスタリングは、多くのファンを落胆させた出来になっていたものの。今回発売された『MV SERIES』でのマスタリングは、ランティス版に失望したファンの感情をかなり救済させる出来映えに仕上がっていた。

 具体的に、音情報を可視化したものを提示すれば一目瞭然だと思うので、参考までに。

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 拡大してみた。

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 二列並んでいるうち、上の青色のものは日本コロムビアから発売された『MV SERIES』のトラック7。

 下の赤色のものはランティスから発売された『宇宙戦艦ヤマト2199 オリジナルサウンドトラック Part.1』の17曲目「地球を飛び立つヤマト」。それぞれ同一楽曲の同じ箇所を抜き出してみた。

 一応補足しておくと。CDとブルーレイ・ディスクとでは、そもそもの媒体が違うのだから、それらを比較するのは無意味では、との疑問をもたれる方もいるかもしれないが。
 たとえ、媒体の違いにより音情報の圧縮方法等が異なっていても。規格として定められた領域の中に、破綻無くそして最大限に元情報の美点を活かしつつ、情報を入れ込んでゆくマスタリングという作業において。同じ楽曲を同じ方向性でマスタリングしたもの同士であれば、可視化された音情報の見た目そのものは大きく変化しない。

 しかしながら、両者のマスタリングは、明確に異なる。

 何故こうなっているのか、自分の推測を差し挟むと。ランティスのものは今時のマスタリング。正確にはポップスやロックにおけるマスタリングの、少し前の定石であった。デスクトップ上で、それ用のプラグイン、PC上で個別の命令を実行する為の部品のようなもの。を使用し、元々の音情報の特定の領域を増幅させる。結果、出来上がったものは第一印象の迫力が強調されるマスタリングを施しており。
 殆どの音がデスクトップ上で、ミックスダウンに至るまでPC上で完結している昨今の流行音楽ならば、これで問題ないのだが。ことクラシック音楽。
 管楽器や弦楽器、打楽器等様々な楽器。それらの大半は、アンプスピーカーを介さず本体そのものから音を発振する構造の楽器群を編成し、基本的には生演奏でそれらを奏でる音楽においては、上記のマスタリングはあまり有効とは言えず。
 ひょっとしたらランティス内には、クラシック音楽の音作りに精通したエンジニアがいなかったのか。それとも、今作のレコーディングディレクターには明確な音作りの展望と方針があり。結果として、あえてこのような音作りになったのか。

 ともかく、クラシック音楽の楽器編成。小さなものではピッコロから大きなものではコントラバスやティンパニ等。打楽器や管楽器弦楽器等、音の出る仕組みの異なり、楽器自体の大小もそれぞれ異なる物同士が、一斉にそれぞれの箇所を演奏する事で成立している音楽を記録するにあたっては。
 それぞれの楽器としての特性や大小が。実際に演奏会場へ足を運ばずとも、CDやアナログレコード等を聴く事により理解できるマスタリング。
 一聴した際の迫力は犠牲にする、その引き換えに。小さく繊細な楽器の奏でる音色はそのように、演奏会場の奥まった場所にある楽器の音色はそのように。それぞれがありのままあるように聴こえるようにミックスダウン、マスタリングが施される。
 いわゆるダイナミックレンジの活かされた音作り、それが好ましいと一般的には言われ。
 しかしながらランティス版では。小さな管楽器も大きな打楽器も、まるで同じ大きさで同じ距離から奏でられているように感じ。多くのファンは、いささかの落胆と違和感を覚えたと思う。自分もそうだった。

 だが、先だって日本コロムビアから発売された『MV SERIES』。
 まずはパッケージ裏に大きくマスタリングエンジニアの名前が表記されていることからも、おおいに期待を抱かせるものになっていて。そして実際に視聴すると。期待通り、ダイナミックレンジの活かされた音に仕立て直されてあり。ランティス版に失望した感情をかなり救済してくれる出来栄えだった。

 流石は歴史と伝統の日本コロムビア。伝統というものは決して箔づけのこけおどしではない。アナログレコードの時代から、多くのクラシック音楽の名盤を発売し続けた、その技術と経験の蓄積は『MV SERIES』に確実に活かされていた。
 おそらくマスタリングにあたっては、ランティス版の。既にマスタリングの施された音源を基情報として、そこに再びマスタリングを施すという、けっして上手いやり方とはいえない、骨の折れる面倒な作業であっただろうに。しかしそんなことはエンジニアにとっては百も承知で、決して腐らずやっつけ仕事で済ませる事なく。これこそプロフェッショナルの仕事、と称するに相応しいものを提供してくれた日本コロムビアに敬意を払う意味でも。

 そして、そんな面倒くさいことは抜きにしても。
 ランティスから発売されたヤマト2199の劇伴音楽集に少なからず失望を覚えた方にとっては、購入して損はさせない出来に仕上がっているかと。