先日五月三十一日に。令和八年も折り返しとなる五月いっぱいをもって当方の事業に関する経済活動を終了いたしました。とはいえ六月以降は事業の後始末や各種事務処理が山積みとなっており当面はそれらに追われる日が続きそうです。
振り返ってみればこの事業は実父から半ば強制的に引き継がされたものでした。そして実質的に実務を取り仕切るようになってから二十年あまりの歳月が流れました。
二代目三代目にありがちな事業継承ばなしとして親の代に築きあげたものを趣味や自己主張に放蕩した結果、親が地道に築いてきた月日よりはるか短い期間で事業を傾かせてしまう実例は枚挙にいとまのありませんが。幸いにもわたしの場合は貸借対照表を大きく毀損させることも、目の当てられようなく混乱した総勘定元帳をそのまま投げ出すこともなく。従業員に対する退職金も満額用意したうえ経済活動を終えることができました。
我ながらよくぞここまでやってこられたものだと静かに自分を褒めてやりたい心持ちです。
おそらく経営の場において「わたし」という個をできる限り殺し「おおやけ」の役割に徹してきたことが結果として功を奏したのでしょう。なまじ親の代が成功していたため、その恩恵として保護者から裕福な環境や高コストの教育を与えられてきた者が。皮肉にもというか必然というかいざ事業を継承する段になった途端自意識を前面に出し、趣味や自己流を優先した果て資産を食いつぶしてしまう。そうした二代目三代目の行動形式をわたしはどうにか回避することができました。「おおやけ」の経済活動の場においては「わたし」の部分を限りなく漂白排除してきた行為は理にかなっていたようです。
とはいえこれからは。ながらく圧し殺してきたわたくし自身の「わたし」の部分をいよいよ大事に慈しみながら、もう既に活動全般に関わる様々な事情の終いの備えも見えはじめてきた生活を。これまでよりわがままに生きていこうと思います。
