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『Takkyu Ishino Works 1983~2017』

 石野卓球。
 電気グルーヴの音楽面を担い続けてきた。そして世代にとっては日本のクラブミュージック黎明期に「テクノ」というジャンルにおける文字通りの伝道師として。あるいはAMラジオのパーソナリティとして。
 電気グルーヴにおいては今や銀幕等マスメディアでの活躍から、ピエール瀧の認知が世間一般では圧倒的なのだろうが、それでもある種の世代や層にとって電気といえば瀧より卓球。
 そう断言する方も少なくないのでは。勿論自分もだが、そんな石野卓球のこれまでの音楽活動を俯瞰する8枚組CDボックスセット『Takkyu Ishino Works 1983~2017』。

 収録曲数102曲、合計時間10時間弱に及ぶ甚大なベスト盤。

 自身が全面的に携わったデビュー時の篠原ともえや、そのアーキタイプになったのではと推測される細川ふみえの歌唱曲は勿論。収録されているリミックスやプロデュース曲カバー曲において携わっているアーティストの一部だけでもあいうえお順にあげていくと。

 アンジェラ・アキ
 West End×Yuki(EAST END×YURIの「DA.YO.NE」のスマッシュヒットを受け日本国内主要都市の方言バージョンが作られた、その関西バージョン)
 m-flo loves 安室奈美恵
 エレファントカシマシ
 ORANGE RANGE
 木村カエラ
 サカナクション
 宍戸留美
 スチャダラパー
 ソウル・フラワー・ユニオン
 チャットモンチー
 TM NETWORK
 テイ・トウワ with カイリー・ミノーグ
 東京スカパラダイスオーケストラ
 中村一義
 HALCALI
 平井堅
 フィッシュマンズ

 等等、1990年代から2000年代前半くらいまでの日本の音楽を。
 勿論B’zやMr.Children、浜崎あゆみなど関わり合いの無いミュージシャンも。とはいえ電気グルーヴ初期メンバーのCMJKは浜崎あゆみの楽曲に作編曲として密接に関わっているから全く関わり合いが無いとはいえないかもしれないが。

 ともかく関わり合いの無いミュージシャンはいくつかあるが『Takkyu Ishino Works 1983~2017』に収録されている、テクノミュージックなどジャンルに限らず、そしてサブカルチャーメインカルチャーにかかわらず大衆音楽を横断し続けてきた石野卓球の音楽活動を通して聴けば。
 1990年代から2000年代前半までの日本のポップミュージックはほぼ眺望できるのでは。それくらい聴き応えの有る超弩級のベスト盤。

Music Is My Sanctuary

 くどくど申し開いてきたよう、以前と比べて自身のキャパシティにおける「公」の部分がますます大きくなり、地上げ屋やブラック企業の人事担当まがいの圧力で「私」を追い詰め締めあげ続ける現在において。とりわけ最近は仕事に関するちょっとした支障から仕事場に通い詰めの日が続き、帰宅後眠ろうとしても眠れない。睡眠をとっても明け方前には目が覚めるなど、はっきりと抑うつの自覚症状を感じるようになり。

 おまけに個人的ストレス解消に多大な効果がある自動車も、間の抜けたことにバッテリーをあげてしまいディーラーにお願いする機会も作れないまま放置している中、そういう最中においては積極的に音楽を聴いてゆく。
 こと自分自身に関する限り、デパスやパキシルなんかよりも音楽のほうが余程効く。積極的に前のめり気味に音楽を聴いたほうが余程内面に作用する。

 なにせ自身の個人的なサイト。このサイトのタイトルにアルバム名を引用するくらいだから、一貫して音楽への傾倒は変わらず。ただし、能動的に聴くジャンルだけは。といっても心境や嗜好性の変化などではなく、数年前に間の抜けた自損事故から片方の鼓膜が破れてしまい、通院の結果鼓膜はふさがったもの、何故かいまだに片方の耳の聞こえが悪く。
 なので、ここ最近はヘッドホンやイヤホンで聴いて楽しいものよりも。サイトのタイトルに引用したデトロイト・テクノを含むテクノミュージックよりも比較的風通しのよい。据え置きスピーカーで聴いても、ご近所から苦情がくるような大音量で流さずとも楽しめる類のものを積極的に聴いていた。

 Robert Glasper、ロバート・グラスパーの弾くピアノは変わらず。いまや「グラスパー以降」「ポスト・グラスパー世代の音楽」なんて修飾も当たり前のように使われるようになったが。しかしファースト、セカンドアルバム発表時、ブルーノート・レコード契約当時においては今でこそ喋喋五月蝿い一言居士や出羽守の皆様方は、沖野修也等数人の例外を除いて総じて黙し肯定否定どころか何の言及も無かった事も明確に記憶しているが。
 とはいえ、洗練され耳心地よく薀蓄の語り甲斐もある音は最早。エスプレッソ一杯に数千円の値段をつけるホテルのラウンジや、派遣問題やブラック企業なんて此の国には存在しないのでは錯覚さえ覚える会員制バーの中で、ロンサカパなどグラスに薀蓄を傾けるネオ・エスタブリッシュメントにも結果として快く受け入れられるようになったとて、そのピアノの音色はいまだ変わらず。世代や国境貴賎の隔たりを越え、暗黒企業の下っ端エンジニアまがいの日々を過ごし、おまけに片方の聞こえがわるくなった耳にもしみじみと入り。

 ATCQ、ア・トライブ・コールド・クエストの新譜『We Got It from Here… Thank You 4 Your Service』。『The Love Movement』以来18年ぶりにしてグループとしてのラストアルバム『We Got It from Here… Thank You 4 Your Service』も良かった。
 ATCQの中核をなし個人名義でも格別な成功と名声を博するQティップのワンマングループとの印象も持たれがちだが、改めてグループ名義でのアルバムを聴き、そして先だって公開された同グループの足取りをたどる映画『BEATS RHYMES & LIFE: THE TRAVELS OF A TRIBE CALLED QUEST』。ビーツ、ライムズ・アンド・ライフ ~ア・トライブ・コールド・クエストの旅~ を観ると、複数人の固定メンバーによって形作られてゆく音楽の味わい。大きなところでは方向性をめぐる馴れ合い以上喧嘩未満のやり取りから小さなところではレコーディング前後やミーティングでの他愛もない会話も含め共有される空気が、結果として生み出される音楽の通奏低音になっている。それこそがグループならではの味わいだと再認識させられ。

 焦点を遠い過去にうつしてもMizell Brothers、マイゼル兄弟が楽曲制作に参加したドナルド・バードやゲイリー・バーツのアルバム。あるいはボビー・ハッチャーソンの奏でるヴィブラフォンの響きは楽曲発表時から数十年を経てなお。当時の事など何もわかっていない、レコーディング前後の状況やモーダルからフリージャズ、新主流へと向かう流行の推移や、それにともなうコードとスケールの理論と実践、冒険と商業主義との終わらぬ来往の歴史など何も知らずとも。
 そしてそれら楽曲の発表当時、批評筋にはさしたる価値も認められず並程度の大量消費音楽として忘却の彼方へ打ち捨てられる筈が。のちに発生した「クラブミュージック」という全く新たな文法によって掘り起こされ、当時の評価を遥かに越えて色褪せぬ名曲として再生される物語など、全く存ぜぬ愚蒙魯鈍の耳にも平明に、深いところにまで沁み入るのがはっきり感じ取れる。

 勿論教養として知っていればより深く楽しめるだろうが、文脈や物語を知らずともただ単純に聴いているだけで楽しい。数百Ωオーバーのハイインピーダンスモデルにヘッドホンアンプをブッ込んでようやくまともに音が鳴る御大尽仕様で聴かずとも、平易なアクティブスピーカーでも十分楽しめる。良薬としての効用があり内面に確と効いてくる。それこそ音楽のもつ大きな美点のひとつかと。