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iPad Pro + Apple Pencil

 何度も申し開いてきたよう、以前と比べて自身のキャパシティにおける「公」の部分がますます大きくなり、地上げ屋やブラック企業の人事担当まがいの圧力で「私」を追い詰め締めあげ続けている現在において。
 そんな状況においても個人的な業余の部分は継続していけないものか。試行錯誤の日々の中、良い評判しか聞こえてこなかったApple PencilとiPad Proを。先だってiPad Proに先行型の12.9インチモデルより一回り小さい9.7インチモデルが発売されたのを契機に購入。
 ちなみに9.7型にしたのは、12.9型は実際に店頭で現物を見た際「部屋の中で据え置きにして使うのなら良いが、あちこち持って出かけ時間を見ては使用する。自分自身の目的に即した使い方には、この大きさは手に余る」そう思ったからで。

 そしてiPad Proの9.7型を、本体以上の肝心かなめと思われるApple Pencilと合わせて購入し。さっそく買ってきたそれを使ってお絵描きをしてみると。

20160724

 結果。林檎教と俗称されるアップル製品原理主義者に自分も改宗した、友人知人にそう思われても一向に構わない。そのくらいのインパクトがiPad ProとApple Pencilにはありました。買ってよかった。

 さて。この内容を記している時点で既に、いつも通りの忙しい時期の真っ只中にあり。本当だったらこんな更新もせず精々ツイッターでつぶやく程度にして、この時期の削りかすのような私の時間は全て休養に割り振り今を乗り切る、ただそれだけに専念するのが賢明なのだけど。
 このような内容をひとまずの更新として、今後も日常に忙殺されることなく、このサイトを作った元来の趣意である「個人的な気晴らし」を忘れないようにしたいものです。

 さあ、忙しい時期を無事乗り切ったあかつきには、次はカメラだな。

デタラメなりのそれらしさ

 いつのまにかカメラが趣味だと。臆面なく名乗れる程度にカメラへと。いやカメラというよりレンズ、所謂レンズ沼に嵌り。そして嵌ってみると、この泥沼。存外心地よいことも知り。
 そして、あれやこれやをレンズを変えつつ撮影し、部屋に戻って撮った風景を眺めているうち。
 カメラよりも遥か前より下手の横好きとして続けていたお絵かきへと。

 単に撮影したものを漫然と見ているだけでなく、お絵かきの方になにがしか活用できないかと助平根性がむくむくと頭をもたげ。
 写真からお絵かきへの活用として大半の方が同じことを発想するであろう、お絵かきの背景に。
 自分で撮影した風景を、そのままお絵かきの背景に移せば自身の意図するものに。しかも写真をそのままなぞらえれば簡単かつ効果的なものが出来るのでは。
 安易な発想のもと撮影したものを、そのまま描こうとする絵の中に写し替えようと試した矢先。しょせんそのような安直なやり方、下手の横好きの下手の浅知恵に相違ないこと明確に実感する。

 所謂スーパーリアリズム。そこまでゆかずとも具象、劇画調の絵を描くのなら判るが。
 有り体にいえば下手くそな、写実主義に則れば全く正しくない突っ込みどころだらけのデタラメな絵を、写真の背景の上にただ乗せてみたところで。
 とはいえ、イマドキの画像編集ソフトには元画像の輪郭を抽出強調したり画像の階調を減色単純化する等の機能も豊富に搭載され、それらを使えば写真をそれらしい背景画像へと変換することも可能ではあるが。いくらそれらの機能をいくども重ねたとて、根本的な問題は何ひとつ改善されない、どころか病巣をより際立たせる結果に。
 下手ともまた異なる、見た人の多くに得も言われぬ違和感や気味の悪さを抱かせるだけのものにしかならない。もっともその生理的嫌悪感を意図している「判った上であえてやっている。見るものの意識や感情をコントロールしている。観客を手のひらの上に乗せてやっている」のなら話は違うが。

 考証や方法論、現実主義に則れば悪目しかないデタラメなものにせよ、デタラメの中においてはそちらよりもこちらの方が違和感を抱かない、抱かせないため。デタラメなりのそれらしさがあるのを。
 おそらく間違いなく。お絵描きに限らず、映像映画製作、あるいは小説等の文筆活動を含め広義における創作に携わっておられる方の殆どにおかれては。言葉にせずとも、メソッド化しなくとも経験を通じて理解熟知し実践している言わずもがなのことなのでしょうが。
 こんなこともカメラを趣味にするようになって判ったことでした。

 ちなみに下のものが実際の作業に使うパソコンの画面を画像に保存したもの。画像の中の右が、いただいた年賀状の返信用の絵の、背景の参考にと自前で撮った写真。そして左が写真を参考にして実際に作った絵の背景。

20160613

 但し、そうはいっても。くどくどと戯れ言を重ねても、目にとめられた方の大半は「御託は結構だが、どんな言い訳をしても下手は下手。それ以上でも以下でもないのでは」との尤もな偶感を抱かれるでしょうが。

 下手は下手なりに。トライアンドエラーを積み重ねながら今に至っているのです。