『THE IDOLM@STER 765PRO ALLSTARS+ GRE@TEST BEST! -THE IDOLM@STER HISTORY- 』

20131014

 先日、ヤマト2199の劇伴音楽のことを取り上げた際、日本コロムビアのマスタリング技術について触れたので。関連して、本来ならば真っ先に言及すべきだった『THE IDOLM@STER』。同名のゲームならびにアニメーション作品で使用されたボーカル曲が収録されている、日本コロムビアから発売されたアルバムについて。

 楽曲の良さは勿論として、音が良い。本当に音が良い。
 同社の音作りに対する姿勢の素晴らしさは、既に長々と述べているものの。このアルバムの音に関しては、単に高水準というだけでなく。同社から発売された同シリーズの音源と比較すると音作りの方向性を、今作において微妙に、だがはっきりと変更している。常になにがしかの意思。こころざしをもって、音作りにおける最終的な調整作業。マスタリングを施しているのが判り。
 それは今作の最初を飾る、作品の表題曲でもある「THE IDOLM@STER(M@STER VERSION-REMIX-)」を。2008年に発売された『THE IDOLM@STER BEST ALBUM ~MASTER OF MASTER~』に収録されている同一曲と聞き比べてみれば明白。

 ここで「『THE IDOLM@STER 765PRO ALLSTARS+ GRE@TEST BEST! -THE IDOLM@STER HISTORY- 』以下『THE IDOLM@STER HISTORY』に省略。は『Blu-spec CD2』とかいう技術で作られているのだから、音質が変わって当然なのでは」と思われる方もいるかもしれないが。
 ソニーが策定した規格「Blu-spec CD」ならびに「Blu-spec CD2」は。工場で音楽CDをプレスするにあたっての。何も情報が書き込まれていないCDに、音情報を記録してゆく際の品質改善を目的とした技術で。おおまかにいえば。オーディオ用CDプレイヤーが、リアルタイムでCDに記録された情報を読み取りつつ、情報を音へとリアルタイムで変換する際の。読み取り誤差を出来るだけ少なくする事により、鑑賞する際の音質劣化防止を目的にした技術なので。
 たとえ「Blu-spec CD」や「Blu-spec CD2」であっても、MP3やFLACまたはWAV等の音源に変換した時点で、通常の製造工程で作られたCDとの音質上の差異は理論上無くなり。それでも違いを感じるとするなら、それはCDの品質からくるものではなく、ひとえに元々の音情報それ自体の音質の違いであることをふまえ、それぞれのアルバムに収録されている「THE IDOLM@STER」を聞き比べてみると。

 微細ではあるが、はっきりと。『THE IDOLM@STER BEST ALBUM ~MASTER OF MASTER~』に収録されているものに比べて、『THE IDOLM@STER HISTORY』に収録されているものは低音域を控えめに。かわりに中音域が今までのものと比べ、より明瞭に感じられる。『THE IDOLM@STER BEST ALBUM ~MASTER OF MASTER~』版が、クリームを惜しげなく使った洋菓子だとしたら。今回のものは甘味の抑えられた上品な和菓子のような印象を受ける。
 いちおう断りを入れておくが。どちらも良いものである事に変わりないが、それぞれには明確な違いがある。

 自分が音楽を聴くにあたって、普段は。『THE IDOLM@STER』の楽曲に限らず、アニメソングやクラブ音楽を含めた今時の流行音楽を鑑賞する際。手持ちのヘッドホンの中でも、ソニーのMDR-XB700を主に使用している。
 何故かというと、ソニー製のXBシリーズ、エクストラベース・シリーズというライン。名称の通り、同社のラインの中でも、とりわけ低音域をしっかり聞かせる事を主目的に作られたヘッドホン。開発者もXBシリーズ発表時のプレスリリースで「音場としてクラブのフロアを想定して開発した」と明言しているヘッドホン。クラブ音楽を含めた打ち込み主体の、ミックスダウンにいたるまで一貫してPC上で作られた今時の流行音楽を聴くのに一番合っている。一番気持ちよく聞こえる。そう判断して。
 開放型から密閉型まで。MDR-XB700より数倍以上高価なヘッドホンまで色々試した結果、それでもXB700が合っている。とどのつまりは自分が聴きたい音楽に合っている、好きな音楽が気持ちよく聞こえるヘッドホンこそが最良のヘッドホンなのだ。ブランドや価格、世評よりも、つまるところは自分自身にとってどうなのか。そう結論が出ていたのだが。

 こと『THE IDOLM@STER HISTORY』に収録されている「THE IDOLM@STER」と、今作のいくつかの収録曲はXB700よりも、ゼンハイザーのHD650。開放型ヘッドホンの定番といわれている一台。
 私感を述べるとHD650は。先日に取り上げたヤマト2199劇伴音楽のような、ダイナミックレンジを活かすべき楽曲に最適のヘッドホン。反面、クラブ音楽のような直情的な楽曲を聴くと、上品に聞こえすぎるきらいがある。決して、ありとあらゆる音楽のポテンシャルを120パーセント引き出す魔法の万能ヘッドホンではない。そう感じているHD650で鑑賞した方が、今作の「THE IDOLM@STER」に関しては心地よく聞こえた。
 おそらくは今回の音作りにあたって、エンジニアが定めた明確な方向性によるものであろうが、HD650と相性が良いアニメソング。日本コロムビアは。何気なく、ことさらにひけらかすでも無く、しかし凄い事を。高いこころざしを流行音楽の音作りに込めている。そう思った。

 とはいえ『THE IDOLM@STER HISTORY』が、瑕疵の存在しない完璧な作品だと強弁するつもりは無い。いくつかの楽曲に関してはHD650で聞くと、歌声にリバーブが効きすぎているように感じる。それでも同ジャンルの凡百の他楽曲に比べれば微々たるものなのだが、リバーブが不自然に感じる楽曲もあり、アルバム全ての要素が完璧である。ドナルド・フェイゲンの『Nightfly』や、イエスの『Close to the Edge』等と肩を並べるべき歴史的名盤だと美辞麗句を連ねるつもりは無い。

 しかし『THE IDOLM@STER 765PRO ALLSTARS+ GRE@TEST BEST! -THE IDOLM@STER HISTORY- 』における日本コロムビアの音作りは、敬意を払うべき仕事。明確な意識を持ったプロフェッショナルの仕事であるのは間違いなく。
 いちファンとして、好きなコンテンツをこれだけの水準で提供してくれる事に、ただただ感謝するばかり。

『風立ちぬ』を観て「それは空に消え、二度と捉えることは出来ない」

 『風立ちぬ』。宮崎駿の監督最新作にして、同氏の長編最終作といわれているアニメーション作品『風立ちぬ』を鑑賞してきた。

 まずは煙草。いや、煙草の煙描写について。
 あちこちで話題になっている、全編にわたって頻出する喫煙描写について抗議している団体が存在するそうだが。読解力と想像力が小さじ一杯程度さえあれば、今作における煙草。いや煙草の煙を含めた様々な煙描写は。雲とニアイコールで飛行機と対を成す、作品における大きな主題であることくらい直ぐ理解できる筈。

 今作において、飛行機は。そして雲と蒸気機関車や煙草の煙は。共に、現れたと思うまもなく空へと消え去る天空の眷属として。さらに良い夢と悪しき夢の、どちらにも成りうる「矛盾」の象徴。
 劇中において繰り返し「美しい夢」との言葉が出てくるが、その美しい夢は善悪どちらに属しているのかは、何も言及されず。美しさというものは人を善き方向にも導くし、その美しさにより多くの人をも殺す矛盾を常に内包している。そう理解したのだが。

 つまりは飛行機も煙草も。一方では誰かにとっての天啓の源にもなり、もう一方では誰かの死をもたらす矛盾。
 仕事と家庭、夢と現実、本当に作りたかったものと実際に出来上がったものとの矛盾等、様々な矛盾を象徴するものとして。劇中において、時には美しく、時には恐ろしく、多彩な形や色合いを見せる雲の描写とあわせて表現されているのは誰の目にも明らかであり。

 さらに言葉を重ねれば、今作における喫煙描写で、多くの鑑賞者が不快感を示したといわれる。今作の主人公二郎が、病床の妻菜穂子の隣で喫煙する場面。
 それが、いわゆる正しさ。それを観た皆が納得する正しい在り方ではない事くらい、当の作り手は百も承知だと充分理解できる。一見して理解できるくらいに、あえて。あの場面においては。結核をわずらい余命幾ばくも無い妻の隣で、二郎は、あえて。劇中の喫煙描写の中でも、ひときわ深く大きく煙草を吸い、そして大きな煙を吐き出す。
 今作を観た人の多くが息を呑むであろう、あの場面におけるあの描写こそが、今作において「矛盾」というものを最も雄弁に表現しているのは明らかで(しかし、あの場面に不快感を示す人がいて、ついには抗議行動まで起こさせたというのは。作り手の意図が大勢に、しっかりと伝わった結果といえるかもしれない。今回の抗議騒動を受け、作り手は内心、してやったりとほくそ笑みを浮かべているのかもしれない)。

 そう考えれば、今作における煙草という存在は。所謂正しさや公共性等を越えたところで、ひとつの作品として。今作を描くにおいてそれが不可欠である事くらい、直ぐに判りそうなものなのに。
 想像力が根本から欠如しているとしか思えない方々の組織する団体が。社会正義とやらを振りかざし。誰かの作った何がしかの作品に。それが社会に出す価値のあるものか社会から葬りさるべきものなのかどうか。世間の代弁者のような顔で、選別し断罪しようとする姿勢には背筋が寒くなる。

 自分は愛煙家でも喫煙家でも無い、どちらかといえば煙草はあまり好きではない部類だが。それでも『風立ちぬ』を観てしまえば、この程度の事は言いたくなる。

 以上。ツイッターにつぶやいたものをまとめてみたが、以下追記として。

 『風立ちぬ』を観た人達の中で、いわゆる作り手。プロアマ関係なく、ゲーム業界やアニメ業界に従事していたり、または文章を書いたり絵を描いたりしている人達の多くが。今作を映画館で観て、理屈抜きで良かった。理由は判らないが泣けてきた。との感想を述べ。
 それどころか「あの映画はオレの映画だ」と言い切る人までいて。だけどその気持ち。理屈抜きで納得できる。

 ジャンルを問わず。日本の表現行為に携わる作り手達のピラミッドの頂点。雲の上の存在が、作り手の本質を。
 「所謂正義や社会通念、道徳や大衆性なんて。つまるところどうだってよいのだ。そんなものより自らの内なるイメージと衝動こそを優先させるべきなのだ」との主張を掲げている作品なのだから。
 そりゃあ、作り手を自認する連中が。こんなものをくらって、なにも感じない筈がない。