七五三のお参りに

20141120

 子供の初めての七五三参りに行ってきた。

 「そんなカビの生えた未開人の風習なんてファック!そもそも子供だって、それどころか親の方だって意味も目的も判らず、ただ惰性でやっているだけの形骸化された習慣、いつまでも引きずったままだから日本はいつまで経っても後進国のままなんだ!そんな無学文盲の未開人どもが権力や権威の言うがまま踊らされるがままでいるから政治は変わらないんだ!この国はいつまでたっても世界の笑いものなんだ」。
 そう考える進歩的な方々も入らせらるかもしれないが。

 ふりかえれば、自らの思想信条を固持し子供にも強制す。その立ち振る舞いこそ自身が子供の頃には嫌だと感じていた。「自分はこんな大人にはなりたくない」と思っていた筈の振る舞いだったのではないか。
 そしていつしか子供が大きくなり、大人と同じ視点でものを見、対等にものを言える立場になった時に。
 「なにテメーの都合でなんでもかんでも勝手に決めたり無かったことにしてるんだよ!」「子供にとって大人は絶対的な存在であると、子供を意のままに出来ると、子は親の意思を全て受容すべきだと手前のエゴを押し付けて、それが当然なのである。それが摂理なのである。そんな御高説をたたく気高いご立派な大人なんだな。テメーは!」「子供は親の言う事を聞くものだなんて御託をいうんだったら。そんなに精良秀抜な大人だったら、口先だけでなく行動でも示してきたんだろうな!」「子供たちに美田は残さなくとも、本人の努力次第で努力に見合ったものが得られる。そんな見通しの明るい世界を、廉直な思想と大人らしい実行力でもって、胸を張って誇れる未来をテメーは作れてきたんだろうな!」。

 と、ぐうの音も出ない言葉でもって憎まれ口を叩かれないように。せめて昔から脈々と続いている慣習、かつて自分自身が親から施してもらった。あるいは出来ることなら親にしてほしかったことなど至極真っ当なことを。
 出来るだけ子供にしてあげたいと思う。

機械式時計を所有するということ

 野郎の趣味として、とかく挙げられ同列のものとして語られがちなのが「自動車」に「カメラ」それと「腕時計」。
 自動車とカメラは既に持っているが、いまだまともに持ったことがない未踏峰の分野だった「腕時計」。ここでいう腕時計は機械式時計。水晶を通電させると規則的に振動する、その性質を時計に利用したクォーツ式や、電子回路で時刻を知らせるデジタルウォッチとは違う、ゼンマイばねとテン輪や歯車の組み合わせで時間を伝える機械式の時計。
 まともな機械式時計をついぞ持ったことがなかったのだが、子供が七五三の祝いを迎えるにあたって親の側も正装略装等用意しなければならない今の時期がよいきっかけだと。
 そして、そんなに高額なものでなくとも機械式時計を購入するのだから、長年実店舗を構え続けて堅実な商売をしている、しっかりした正規取扱店で買おうと。

 余談として、インターネット隆盛のこの世の中において、上のようなことを言おうものなら「どこそこを利用すれば定価の何割引で手に入るのに、なんでわざわざそんなところで定価で買うの」と、したり顔で茶々をいれる人達も存在するが、スマートフォンや日用品の類ならともかく。そして中世ならいざしらず日時を知ろうなんて、どこででもどうとでもなる現代において、腕時計なんて無駄以外の何物でもないのにさらに加え、利便性や精度の面でもクォーツやデジタルに大きく劣る機械式機構なんて無駄に無駄を重ねた代物を購入するのに。
 正規価格がどうだ値引きがどうだ、その金額に対してあれやこれや目くじらをたてる思考こそが本末転倒かと。

 以上余談として。さて何にしようかおおよその目星はつけていたものの、実際しっかりした取扱店に足を運び。見栄を張らずに予算と「機械式時計は初めて」との旨を担当者に伝えた上で説明を聞きながら、最終的に一本選んだのだが。選んでいる最中も選んだ後も懇切丁寧に各製品ひいては機械式時計についての説明をいただき。
 特に何度も繰り返しいわれたのが、購入して終わりでなく手に入れてからが始まりと。しっかり機械の仕組みを理解して良好な状態で所有し続けていくことの大切さ。そしてオーバーホール、動力部を含む部品を分解し、点検と注油などの整備、必要に応じて部品交換などの修理をすること、以下「OH」に省略、とりわけ初回OHについて。
 曰く「OHは三年毎が目安と主張する人もいますが、製品や使い方によっても差が生じるのでそこまで拘る必要はありません。ただし最初のOHはおおよそ三年前後を目安に必ず行ってください」「職人により手作業で組み上げられた機械が、動き続けていくことで各部品にあたりがついてゆきます。その際に潤滑油の汚れや極まれに使用環境、固体差により微細な金属粉が内部に生じることがあるので、初回OHで機械の状態を確認し点検整備をすることで、その後の機械の寿命が全く異なります」「初回OHさえしっかり行ってあれば、あとはずっと所有し続けていくうちに、その時計特有のクセというか勘どころが段々判ってくると思うので、そうなれば決まった年数に拘らなくとも、そろそろかなと感じた時に持ってきてください」。
 さらに、機械式時計に興味がなくとも殆どの人が、その名前は知っているであろう海外ブランドを例にあげ「一度は所有したいという方は非常に多いものの、実際に購入してから一度も整備しないまま売却してしまう方も多いです」「それらのモデルは、高級ブランドの中古取り扱い店やインターネットオークションでも高値で取引されるため、近年はいっそうそんな傾向に拍車をかけています」「売却して得たお金を頭金に、また別のモデルを購入し、また数年後に売却する。そんな方もけして少なくありません」「そういった傾向を否定はしませんが、やはり時計を扱う側としては、お客様がこれと選んだものを整備しながら末永く、できることなら生涯使い続けて欲しいです」と。
 
 なるほど。たびたび自動車と腕時計は同列に扱われ、自動車雑誌の中でも誌面において腕時計に少なからず頁をさいている雑誌も多いが、そういうことなのかと。
 高級車を購入し車検の時期がくる前に売り払い、また新しい車を購入する。あるいはこれと見定めたヒストリックカーを手に入れ、定期点検を欠かさず良好な状態での動体維持に努める。
 または虚栄心を満足させるその為だけに、ブローカー紛いの中古車屋で、外見だけはそれなりでボンネットの内側は酷い有様の、碌に整備を受けていない高級外車を手に入れる。それらの行為はそのまま機械式時計とも通ずるものなのだと。
 実用性や経済性というものを鑑みると、無駄以外の何物でもない代物を、それでも購入し。しかも購入時がゴール地点ではなく、そこからがスタート地点。良好な状態を維持し続けるため少なからず手間と経費が生じるのを覚悟する。無駄を維持し続けていくのを承知し、それらを手に入れる。
 その心積もりはまさしく自動車も腕時計も同じなのだと。耳学問で得た知識でそれなりに知っていた筈のことが、いざ自分で所有しようと心に決め、実際に身銭を切って手に入れた時に湧きあがるものとはこうも違うものなのかと。

 いくらインターネット等が発達したといっても、そこで得られるものと、実際の現実のリアルは、やはり異なったものがあると、至極当然であった筈の認識を新たにした次第。

 以下蛇足として、上に書いたことについて。「とはいっても、上手いこと店の口車に乗せられただけじゃないの。そうやって整備やなんやで客から余計な金をむしりとっているんじゃないの」と思われた方もいるかもしれませんが。
 実際に自分が腕時計を購入した取扱店は、初回OHは無償に加えて結構な期間の保障もついてきた。「そういった保障やサービス、信用も含めての代金なのです」とは担当者の言葉。こんなことも実際にお店で購入して初めて判ったことでした。