日別アーカイブ: 2017年4月5日

初心忘れるべからず

 先日「初心忘るべからず」との表題で拙文を記したもの。
 勿論この言葉、世阿彌陀佛が自身の起こし後に観世流と称さるる芸事の、心得について数多く書き遺した中の『花鑑』からの一語なのだが、後々になって解説や注釈など読んでいくと「初心忘るべからず」の「初心」とは、物事を初めた頃の新鮮な感動や楽しい心持ちのことを指しているのではなく。初心者ならではの未熟さや、自分以外にも思い当たる方もあるだろう状態。
 少しばかり上達した時陥りがちな「ひょっとして俺はこの分野において、極めて非凡な能力を持っているのでは」「私の思いついたこの着想。ひょっとして誰も至ったことの無いまったく新しいものなのでは」そんな初心者にありがちな思い上がり。いまでは「黒歴史」なんて気の利いた例え言葉もあるが。
 おのれの「黒歴史」を忘れたことにして、心の奥底一番すみっこに未処理案件の封をし何事も無かったよう振る舞うのではなく、常にあの頃の浅ましい、みっともない姿を思いかえし続けるべき。
 まこと「初心忘るべからず」の本意で。つまりは権現様がかつて戦に敗れ恐怖のあまり糞を漏らした、己の痴態を後々まで忘れぬよう画に起こし常にながめては戒めとした逸話と同意の言葉らしい。

 神君にもひょっとすると何がしかの特殊性癖があったのでは、いくばくか疑念はあるもの、ともかくそれでは先日の内容と意味合いがずれてくる。他に適当な言葉はないものか辞書やインターネットを調べてみても英語においては適当な言葉は見つかるが、日本のことわざや名言名句において相応しい言葉は無いもよう。仕方がないので誤読を承知し先日の表題にそのまま使ったが。
 どうやら初心や未熟さというのは、少なくとも我が生まれ育ったこの文化圏ではけして良いものでも尊ぶべきものでもなく、恥ずかしき戒むべき状態に相違ない。そんな当たり前のことを知った次第。