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レンズ沼からの脱出

20170209

 現在所有のカメラ。OM-D E-M1 Mark II用の交換レンズ。

 写真手前からフォクトレンダー「NOKTON 10.5mm F0.95」
 オリンパスの「M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO」
 カメラを挟んで同じくオリンパスの「M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO」
 そして「M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PRO」。

 後は、この写真を撮るのに使った、いまや奥さんのものとなったPENに付けっぱなしのパンケーキレンズ「M.ZUIKO DIGITAL 17mm F2.8」。

 以前までは、それ以外にも数本か交換レンズを持っていたもの、OM-D E-M1 Mark IIと300mm F4.0購入を契機にレンズを整理し、上の4本だけに集約。
 趣味のひとつと名乗ってもさしつかえない程度にカメラを使ってきたのは自覚しているが、どうやら自分自身レンズを多数蒐集し保管庫に入れておくような、レンズそのものを愛でる嗜癖は持ち合わせていないよう。
 レンズはカメラ本体に装着し振り回してなんぼだと思っているので、M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PROを手に入れたのを機会に35mm判換算で21mmから600mmまでまかなえる、身の丈にあったレンズ4本のみを残し、重複する画角のものは処分。

 これでひとまずレンズ沼からの脱出と相成りました。

 とはいえ、今はこのように綺麗事を並べ立ててはいるが、数ヶ月もすれば性懲りもなくあのレンズが、この単焦点がと譫言のようにつぶやく写真本来そのものの意味を失い物欲所有欲に突き動かされる。マニアにありがちなスペックや価格希少性こそがマウントの取り合いを制するただひとつの手段であり、普及モデルやスペックに劣るものを攻撃冷笑しひと時の万能感愉悦に饗すただひとつの方法である。
 そんな感情の使奴となった、サロンやインターネットの場末によく見る依存症患者や廃人、形而上的死者のごとき顛末をむかえているのも想像に容易いので。

 「レンズ沼からの脱出」と勇ましい表題をつけたもの、断定形ではなく語尾に疑問符を含むものとして。数ヶ月後または一年後にこの項目を見返し、自身上に述べたことを履行しているか、単なる艶二郎の不実空言と終わっているか。確かめてみようと思います。

M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PRO

 昨日に記したように賞与や寸志、鼻薬や人参の類をくださる存在などこの広い世界のどこにも無い、自身からの自分へのお年玉として「OM-D E-M1 Mark II」を。
 そして「お年玉」というならこちらのほうがお年玉に相応しかろう、E-M1 Mark IIと一緒に購入したオリンパス製の超望遠単焦点レンズ「M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PRO」。

 昨年記したように本来は望遠よりも広角の方が好みだったもの「M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO」を購入してから初めて望遠の良さを知ることになり、改めて道具選びの意味。

 半可通、いや半可通の入り口に立とうとしているものほど「能書は筆を択ばず」や「下手の道具調べ」の言葉に、その意味以上言葉に拘泥し道具選びを冷笑軽視しがちかもしれないが。
 微妙玄通枯木寒巌の領域に達す平成の画狂老人や今甚五郎を目指すのならばともかく、ただ普段の営みを少しばかり気の利いたものにしたいだけの俗物にとっては、道具の持つ意味は存外大きいものだと改めて認識させてくれたレンズ、40-150mm F2.8を常用するようになってから望遠の良さを知り。

 もう一段遠いところに連れて行ってくれる超望遠。「M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PRO」を購入した次第。

20170203