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『Red』30年の月日を経ても尚燦然と

20131201

 『Red キング・クリムゾン結成40周年記念エディション』が発売されたのをきっかけに久しぶりに鑑賞して、震えた。数十年前、始めてキング・クリムゾン、King Crimsonを聴いた時の感覚が甦った。

 いまだに音楽の好きな中高年。子供の頃に感じた衝撃や興奮が忘れられず、あの時あの瞬間の感動の欠片を捜し求めるように音楽を聴き続けている中高年の殆どが、かつてそうであったように。
 能動的に音楽を聴き始めた当初は、ジャンルや年代洋邦問わず無節操に音楽を聴きあさり。そして多くがそうであったように、やがてプログレッシブ・ロックというジャンルに出会い。
 ピンク・フロイドやEL&P等の選択肢もあるものの。多くはイエス、もしくはキング・クリムゾンのどちらかに最初は大きく傾倒したと思う(どうでもいいが。イエスとキング・クリムゾンは、それぞれフェラーリ・365GT4BBとランボルギーニ・カウンタックに当てはめられる「イエス=365GT4BB、キング・クリムゾン=カウンタック」との勝手な自説を十年前から持っている)。

 そして、これらの音楽。プログレッシブ・ロックを最初に聴いた年齢が、もしも10代前半から半ば頃であったのなら。

 幼少期ならではの全能感と。成長するにしたがい嫌でも認識させられる、社会の中での自分自身という「個」の相対的な距離と大きさ。相反する二つの要素が、ぶつかり合いつつ何とかとりあえずの妥協点に収まってゆく過程を、多くの人が共通して経験するであろう年代。10代において。
 大風呂敷や外連。あるいは衆愚は気づいていない、理解できる筈もない世界の真実。また、他とは違う一癖も二癖もある何か、等の要素を持った作品や、自身の中にあるそれらの要素を喚起させる作品に強く惹かれやすい傾向。今では「中二病」との非常に的確な言葉をあてはめられているが、中二病を患いやすい年代に、それらの音楽を始めて知ったのならば。

 『クリムゾン・キングの宮殿』や『ポセイドンのめざめ』の、おどろおどろしいジャケット絵。なによりそれらの曲名。「クリムゾン・キングの宮殿(炎の魔女の帰還、そして操り人形の踊り)」「ムーンチャイルド(夢浮橋と幻影)」「リザード( Aパート『ルーパート王子の覚醒』Bパート『孔雀物語のボレロ』Cパート『戦場のガラスの涙』Cパート《第一章『夜明けの歌』第二章『最後の戦い』第三章『ルーパート王子の嘆き』》Dパート『ビッグ・トップ』)」等の曲名に、己の内なる中二病要素を突き動かされ、結果。多くがイエスではなくキング・クリムゾンの方を選択したと思われる。勿論自分だってそうだ。
 
 しかし、やがて歳をとるにつれカウンタックだけでなく、ピニンファリーナの流麗なスタイリングも含めて365GT4BBの良さも判ってくるように。ロジャー・ディーンのアートワークを含めて、その完成度からキング・クリムゾンだけでなくイエスの良さも判ってくるようになるのだが。

 さて、プログレッシブ・ロック。今となってはプログレッシブ・ロックの、言葉の持つ意味合いも当時とは異なるものになってしまった現在において。

 プログレッシブ・ロックと称されていた音楽が、その言葉通り。常に進化や変化、音楽的前進を自らに課したが故、結果として音楽そのものは瞬く間に形骸化してゆき。音楽的前進という主題はオルタナティブ・ロックやポスト・ロックに継承され、やがてはそれらも来たるべきなにかに継承され、ジャンルとしては形骸化し陳腐なものに成り果ててしまう。当然の帰結を迎えることになるのだが。
 余談として。プログレッシブ・ロック全盛時には、やれ保守的だ。形式と技巧に執着し過ぎて音楽的挑戦が全くない。その音の五月蝿さとは裏腹に全然刺激的で無い。などと散々揶揄されてきたハードロック、ヘヴィメタルは。その保守性が故、音楽ジャンルとしてのプログレッシブ・ロックが有名無実化した現在も。それを愛好する特定ファンに支えられ、いまだジャンル音楽として元気に、その喧しい音を鳴り響かせている現状は皮肉といえるかもしれないが。

 余談はさておきプログレッシブ・ロックそれ自体は、40年以上の歳月を経た結果。プログレッシブでも何でもない、少し変わった程度のロックミュージックになってしまった訳だが、こと個々の楽曲にいたっては。イエスはいうに及ばず、勿論キング・クリムゾン。そして今手元にある『Red』。
 その音楽に込めた実験や精神は、もはや手垢に塗れたどうという事のないものになってしまったのかもしれないが。こと楽曲そのものに関しては、今作が発表されてから30年の歳月を経て尚、聴き手の心を鷲掴みにする理屈抜きの迫力にみなぎっている。
 それこそが音楽の魅力なのだろうし(何故なら、音楽についての批評や評伝の類ではなく、音楽それそのものが希求されているからこそ。より良い音であの頃の感動を、とのリスナーの願いに応え。数十年経った今もリマスター盤として再発され続けている)自分も含め、いまだに音楽の好きな中高年がそれを聴き続けている。続けていられる動機の大きな要因なのだろう。

 付記として。今作の日本盤発売に合わせて、雑誌『レコード・コレクターズ』の11月号で巻頭特集が組まれていたのを購入し、読んでみると。
 『Red』製作当時のキング・クリムゾンは。メンバー間における音楽的価値観の明確な相違や、また私的感情のもつれからくる修復不能な亀裂など、このアルバムを最後に活動を休止するのは不可避であった。との言が様々な角度から繰り返し書かれてあり。
 しかし、皮肉というべきか。であったからこそ。
 気の置けない仲間同士が同じ価値観を共有しつつ作られた。あるいは絶対的な支配力を持ったフロントマンの下、他のメンバーがフロントマンの忠実なしもべとなり作られた作品には表現不可能であろう迫力が。
 やがて訪れるどころか、すぐそこまで終わりの時が迫っている事を全員が理解している。その点においてだけは感情を同じくしたメンバーによって作られたからこその迫力が。
 アルバムに込められた思想や方法論などは年月と共に、たいして意味の無いものになってしまったのかもしれないが。作られた当時のスタジオに充満していたのであろう「鬼気迫る」以外の言葉に例えようのない感情だけは、今なお色あせること無く個々の楽曲に焼き付けられている。
 それだけは、本作『Red 40周年記念エディション』を聴いたリスナー全てに通底した感想なのでは。

ロバート・グラスパー「What is Jazz」の最新モード

20131117

 ロバート・グラスパー、Robert Glasperのグラミー賞受賞後初となるオリジナルアルバム『Black Radio 2』が発売されたが。
 ロバート・グラスパーの知名度が高まるにつれ、比例して聞こえるようになった、所謂オーセンティックなジャズを愛する一言居士の感想。曰く「ブラッド・メルドーの亜流」「雰囲気だけ」「ロイ・ハーグローヴが切り開いた場所に後乗りしているだけ」「新しくもないし実験的でもない」。またあるいは論客の方々、耳の肥えた高等なジャズ愛好家にとって錦の御旗であるマイルス・デューイ・デイヴィス三世を持ち出し「これらの実験は既にマイルスが『Bitches Brew』で実践済みである」「ジャズによるクラブ音楽へのアプローチなど『On The Corner』の時点で完成されている」等々。
 認められない、どうしても序列の下に置きたい音楽を批評批判するひきあいに、いちいち墓穴から引っ張り出されるマイルス・デイヴィスこそ好い面の皮だと思うのだが。そんな瑣末な事より問題としたいのが、上記の言はどれもこれも的を射ているとは思い難い。批評批判するにしても、とうてい的確な論旨とは思えない。もっとも言い放った当人にしてみれば、正鵠を射抜いた、言葉の刃で一刀両断に切り捨ててやったとしたり顔なのかもしれないが。

 ともかく、ロバート・グラスパーと彼の音楽への否定的な含みをもたせた批評。その多くは直接的間接的表現の違いはあれど「彼の音楽など、ジャズの洪大なアーカイブを知るものにとっては、さして特筆すべき存在ではない」との論旨が中心にあるように感じ。
 それは一方では正しい。だが、本質においては見当はずれも甚だしい。それらの言を放つ論客は。ジャズ史という絶対的権威を後ろ盾に、新参者に対し入信に相応しい資格があるかどうかを選別する司祭にでもなったつもりなのか。意地の悪い言葉のひとつもいいたくなる。

 何故、一方では正しいと思うのか。ロバート・グラスパーと彼の音楽は、何も無いところから生まれ出た特別な存在ではない。また、歴史も文化も異なる場所から土足で押し入り、我が物顔でジャンルを無作法に踏み荒らし搾取簒奪してゆく野蛮人でもない。19世紀末のアメリカ南部地方をおおよその起点とし、スウィング・ジャズからモダン・ジャズ。ビバップやハード・バップ、新主流派からインプロビゼーション、スピリチュアルといった経緯を経て今に至る歴史の線上で、それを更新するための大きな歩みを続けている。ジャズ音楽の、歴とした継承者の一人であること(疑問を感じる方がいるのならば、そもそもミュージシャンとしての彼の出発点が。新伝承派の開祖、毀誉褒貶を含めて現代ジャズの申し子、ウィントン・マルサリスと彼のグループにおける重要人物であるベース奏者、ボブ・ハーストのお墨付きを受けてデビューした事を伝えれば納得するのでは)。

 では何故、見当はずれも甚だしいのか。
 ロバート・グラスパーの音楽には今まで無かった新しさが確かに。ジャズ一言居士が、彼と彼の音楽を揶揄する目的でひきあいに出す偉大なジャズミュージシャン達には無く、ロバート・グラスパーは持ち合わせているものが、確かにある。
 それは何か。それはクラブ音楽とジャズ音楽との融合。それも、例えばロートレアモンが「解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会い」と言葉にしたような、いささか強引で扇情的な結合ではなく。料理とワインとの良い相性をして使われる「マリアージュ」の言葉が相応しい、クラブ音楽とジャズ音楽との融合。
 重ねて。ジャズによるクラブ音楽へのアプローチそのものは、ロバート・グラスパー以前から様々なジャズミュージシャンが試みているものの、真の意味でクラブ音楽とジャズ音楽との融合は、彼と彼の世代において初めて成功したと感じる。
 それは何故か。それは彼と彼の世代が、理論や方法論あるいは実験や批評的精神からではなく感覚として、クラブあるいはクラブ音楽なるものの本質を知っているからこそ。物心ついた頃からクラブと、クラブの中でDJが流す音楽に慣れ親しみ、楽しんできた世代だからこそ。頭でっかちな後付の理屈ではなく、クラブ音楽の良さを知っているから。極めて自然にそれが当然であるように、自身の演奏する音楽の中にクラブとクラブ音楽の美点が取り入れられている。ただその一点のみで、上記の大きな論拠。ロバート・グラスパーの新しさの理由になっている、そう考える。

 それでは、クラブあるいはクラブ音楽なるものの本質とは。
 経験も含めて、自分の考えるクラブ。そこで流れる音楽。それを流すDJとは。それらはあくまでも、クラブに訪れた客に楽しい思いをしてもらう為の演出であり、仕掛けに過ぎない。クラブにおける主体は、音楽をバックグラウンドに美味しいお酒を飲んだり、楽しい気持ちになって踊っている客そのものであり。一部の例外を除き、クラブにおけるDJは専制君主のように振舞ってはいけない。オリジナルである必要もない。独自性や独創性は、ことクラブにおいては大切な要素ではない。オリジナルの楽曲でなくとも、他人の楽曲や過去からの引用であっても、それでフロアが盛り上がればよいのだから。DJも音楽も、クラブを訪れた客に楽しい気持ちになってもらう、ただそれだけの為に機能すべき従属的存在であるのだから。
 それらを踏まえるとロバート・グラスパーの音楽には、ブルーノート・レコードに移籍する以前。最初期よりクラブ音楽の本質。自分自身が前に出なくとも、むしろ引き立て役や裏方に徹したほうが音楽としてより機能的に働くのなら。たとえ他者の楽曲のカバーであってもよい。他者のサポートにまわってもよい。ミュージシャンとしての自意識よりも、どのようにすれば聴き手を喜ばせるか。良い雰囲気を作り出せるか。クラブ音楽の本質が具備されているように感じる(なにせデビューアルバムのタイトルが、そのものずばり『MOOD』だ)。
 
 ミュージシャンとしての自意識や自尊心よりも、それがいかに音楽として機能するかを優先する。その為には引き立て役にまわる、裏方になる事をまったく厭わない、クラブ音楽とDJの本質が最初から備わっている。
 だからこそ、おそらく意識して。楽曲にゲストミュージシャンが参加する場合の表記には「feat.」フィーチャリングの言葉、クラブからもたらされた言葉を使っているのだろうし。また、ロバート・グラスパー自身。ジャズミュージシャンとしては異例と断言してよいくらい、他ミュージシャンのプロデュースを務める事が多い。
 決定的なのが、本人にとっても最高の栄誉といえるグラミー賞受賞。ジャズ一言居士が、彼と彼の音楽を揶揄する目的でひきあいに出すジャズミュージシャンの多くが、候補には挙げられても受賞には至っていないグラミー賞受賞の栄誉を。しかもジャズ部門ではなく、ジャズ部門以上の激戦区であるR&B部門において獲得したという事実をして(とはいえ。R&B「リズム・アンド・ブルース」を言葉どおりに解釈すれば、それはまさしくジャズでありジャズの多様性の証左といえる)。
 ロバート・グラスパーは間違いなく先人達には無い新しさをもって、ジャズという音楽を。腕組みしたり顔の好事家だけが集うジャズ喫茶、あるいは莫大な金額をもって作られた自宅鑑賞室の中に閉じ込めておくことなく、クラブ音楽愛好家やヘッズ達にもジャズとその楽しさを伝道している。
 いまだそれを更新するための大きな歩みを続けている。ジャズ音楽の、現在における歴とした継承者の一人である。そう考える。