作成者別アーカイブ: コーセー

GIANT MR4 R

 GIANT製の折りたたみ自転車「MR4 R」。
 はるか前、結婚以前に購入したもの結婚して生活環境が大きく変化してからは乗る機会が少なくなり、追い打ちをかけるような子供の誕生で、サドルにまたがる事すら無くなってから5年あまり。

 そんな子供の成長と共に小児用自転車を用意することになり、昔にMR4 Rを購入した自転車屋さんで子供の自転車をお願いした際。今が良いきっかけと自前の自転車も再び乗ろうと、ずっと置物になっていたMR4 Rのオーバーホールをお願いし。

 ついでせっかくだからと、オーバーホールが済んで戻ってきた自転車に多少のモデファイを。
 GIANT MR4 R購入時から気に入っていた美点。自転車より以前からの愛車、マツダ・ロードスターのけして広いとはいえない車内にも収まるところが気に入っていたので、今後の使用を考え自転車を自前のロードスターに寄せた雰囲気にしてみた。

20161025

 自車自賛ながら、けっこういい感じ。

命ある日に歌え

201609251

 学生の頃は自動二輪を愛用していたことから、もしいずれ自分の身銭を切って自動車を手に入れるのであればバイクに感触が近いであろう2シーターオープンカーだと思い、その後念願通りNB型マツダ・ロードスターを新車時に購入し。

 それより幾年月経ち結婚し子供も出来て、実用に使う車や家人の車は何台か代替わりしても。
 加齢にともない責任やらなにやら余分なものばかりが見に纏わりつくようになり、実際にハンドルを握るのは一ヶ月に一度あるかないか、動態維持を考えればかえって良くない事を承知でバッテリーあがり防止の為エンジンに火をいれる以外は四半期以上乗れない状況も恒常化した今になっても。傍目からすれば無用の長物以外のなにものでもないロードスターを、だからといって処分しようという気は微塵もおきない。
 おそらくはこれからも、よほどのことが。今までの経験を遥かに超えて何がしかの宗教や指導者に帰依するか、もしくは何らかの思想に善導され身辺を全て悔い改めるかくらいの状況変化が起きない限り、この状態は変わらないと思う。

 何故ならロードスターには幾度となく救われてきた。
 日常の中で鬱積され続け、あるいは突発的に発生した事態により気持ちの内側に歪力が加わったとしても、この車に乗って幌型の屋根を開け放ち好きな音楽のひとつも流しながらそこいらをひとっ走りしさえすれば、気持ちの中の歪なものが元に戻るのを感じる、大抵のことは解消される。なんとかなるだろう、なんとかならなければその時は仕方がないと気持ちが落ち着くのを実感し、また次の日からもその次の日も、そうやって生き続けてきた。

 二座専用設計、フロントエンジン・リアドライブの駆動形式。重量1000キログラムを死守すべしとの目標のもと、さらに前後輪にかかる重量配分をほぼ均等に、重心をできるだけ低く。加えて初代NA型のスタイリング上での大きな美点であったリトラクタブル式のヘッドライトをオミットしてまで車体両端の軽量化に努め、ヨー慣性モーメントを軽減、イコール良好な旋回性能に直結する機動能力の要求と実現等々、あたかも巴戦での必勝を命題に掲げ作られた帝国海軍製戦闘航空機のような設計思想。
 さらに加えて大規模量産車の中でも抜きん出て長いAアームを基柱としたダブルウィッシュボーン式サスペンションがもたらす操安性云々。
 斯く斯く然々あれやこれやといった能書や御託のたぐい、そんなもの実のところはどうだってよい。

 現在公道を走っている乗用車の中でも突出して低い座席に身を沈め幌を広げて「腰の位置よりもはるかに低い、自分の膝の高さ程から外周を大きく見渡せる姿勢で公道を走行することなど、日常ではまずありえない経験なのでは」そこいらをちょいと走っただけでバイクと同じくらい、ひょっとするとバイクより優っているかもしれない程の開放感と自由さを体感する。
 ジェームズ・バイロン・ディーンが自らリトル・バスタードと名付けた愛車のハンドルを握り。アメリカ、カリフォルニアの州道をドライブしていた時も、このような心境だったのかもしれない。そんな妄想のひとつも喚起される。

 偉大なる先達の言葉を借りれば。
 「これまでのつまらない人生のなかでどこやらからひろい集めてきた大きなクソのかたまりのようなものが一瞬にして粉々に砕け散る。はじけ飛んで砕け散って風が吹き、どんより曇った鉛色の空にぽっかりあいた星空ができる」。

 この国の交通法を順守する限り誰彼にも咎められることなく合法的に享楽できる不羈。こんなものを一度知ってしまうと、もう二度と手放したいとは思えない。
 どんなに暗鬱な一日だったとして。その日だけで白髪や皺の増える思いをしたとして、家路に向かう途中の車庫に寄り道して、これに乗りさえすれば。
 たとえ。その日が台風や大雪に見舞われたり、止むに止まれぬ状況で真っ直ぐ家に帰らなければならず、結局その日は乗れなかったとしても構わない。
 いつも、今この時も。いつもの車庫のあの扉を開けさえすれば中にこの車があり、ドアの鍵を開けエンジンの始動キーをひねりさえすれば、いつだって辛い現実を吹き飛ばすことができる。
 そんな気持ちを堅固できる。わたくしの世界の何処かには不屈の干城が、どんな悪境に対峙しても心奮い立たせる歌と共に世界の何処かにある。

 そう考えればロードスターを処分しようという気は微塵もおきない。

201609252